「一視同仁」という言葉には、「すべての人を差別なく平等に愛すること」という意味があります。
教育的な文脈でよく使われる言葉ですが、正しい使い方を知らないという人もいるのではないでしょうか。
この記事では、「一視同仁」の意味や使い方などを例文を交えながら、分かりやすく解説していきます。
一視同仁の意味は『すべての人を差別なく平等に愛すること』
一視同仁の読み方は「いっしどうじん」です。
語源は中国唐代の詩人・韓愈(かんゆ)の『原人』の中の一節、「聖人は一視にして、同仁。近きに篤くして遠きを挙(あ)ぐ」「聖人は人や動物などを等しく見て、等しく愛する。近くのものに手厚くして遠くのものへと及ぼしていく」から来ています。
『一視同仁』には
- すべての人を差別なく平等に愛すること
などの意味があります。
「一視同仁」の正しい使い方を例文で紹介!
「一視同仁」は、差別をしない・みんなに対して同じような取り扱いをしていくことを表すときに使われる言葉です。
間違った使い方をすると相手に伝わらなかったり、失礼な印象を与えてしまう可能性もありますので、例文と共に正しい使い方を知っていきましょう。
例文①
A子娘の担任の先生は、どの生徒にも一視同仁の態度で接してくれています。
例文②
B男一視同仁をモットーにしているらしく、彼女は誰に対しても態度が変わらないです。
例文③
C子彼はおごった態度を決して取らず、新人の私たちにも一視同仁の姿勢で接しています。
例文④
B子リーダーとして重要なことは、一視同仁の考え方だと思います。
例文⑤
C男我が社は、社員の給料や評価を一視同仁に判断する公平なシステムを導入しています。
【一視同仁を使う時の注意点】
「一視同仁」はすべての人を差別なく平等に愛することを意味し、差別をしない、みんなに対して同じような取り扱いをしていくことを表すときに使われます。
例文のように、主に人に対して分け隔てなく接する公平な態度という意味で使われることが一般的で、公平な態度を評価する場面・リーダーシップ・人権に関するスピーチなどで使われる言葉です。
「一視同仁」の類義語・言い換え4選
『一視同仁』の類義語や言い換えの言葉は4つあります。
類義語を知り、同じ意味を持つ複数の言葉を使い分けることができると相手とのコミュニケーションが円滑になります。
相手の理解度や状況に合わせて、最適な言葉を選択していきましょう。
- 怨親平等
- 博愛主義
- 公平
- 中正
類義語①怨親平等の意味
B子裏切った友人も家族も、心のどこかで同じように大切に思えるように怨親平等の視点を持ちたいです。
類義語②博愛主義の意味
A子彼女は昔からの博愛主義者なので、誰かを傷つけようとはしないと思う。
類義語③公平の意味
すべてのものを同じように扱うこと。判断や処理などが、かたよっていないこと。また、そのさま。
引用:コトバンク
B男教師は生徒に対して、だれにでも同じように公平に接しなくてはいけない。
類義語④中正の意味
かたよらず、公正であること。また、そのさま。
引用:コトバンク
B子彼の中正な意見に、皆が納得しました。

「一視同仁」と「怨親平等」の違いは?
「一視同仁」と「怨親平等」は似ている言葉ですが、どのような違いがあるのでしょうか。
「一視同仁」にはすべての人を差別なく平等に愛することという意味がありますが、
それに対し「怨親平等」には、自分に害をなす者と、自分に愛を示す者とを差別しないことという意味があります。
どちらも差別をしないというほぼ同じ意味の言葉ですが、「怨親平等」は憎むべき相手に対して親しい人物と同様の扱いをしていくという意味になる言葉です。
「一視同仁」は英語で『universal brotherhood』
一視同仁は英語の『universal brotherhood』に言い換えることができます。
英語の『universal brotherhood』には
- 人類みな兄弟
という意味があります。
「一視同仁」の対義語・反対語は『依怙贔屓』
一視同仁の対義語は、『依怙贔屓』になります。
依怙贔屓には
- 自分の気に入ったものだけの肩をもつこと
などの意味があり、自分の気に入ったものだけの肩をもつことを表すときに用いられます。
B男息子の担任は女子生徒ばかりを依怙贔屓する傾向があるらしい。
「一視同仁」はすべての人を差別なく平等に愛することを指し、「依怙贔屓」は自分の気に入ったものだけの肩をもつことを指しています。


